昨日から小さなじんましんのきざしが出ている。副作用として眠気がくるので運転前には飲まないでと念押しされているし、朝まで様子を見る前に「特に調子の悪い時に飲んでくださいね」と言われた薬を飲む。一時のゾンビみたいな見た目に比べたらはるかにいいけど、調子がいい日なんか、むしろないのに。

年度始まりから、ひとり、またひとりと産休に入って、やってもやっても仕事が終わらず頭がおかしくなるかと思った。ようやく夏が来たかと思い始めた頃になんとかメドが立ち、夏祭りやら落語会やら、やっと人心地を取り戻した気がする。数年ぶりにできた彼氏と別れたのも、春先だった。調子を崩した理由の3%くらいはそれも関係あるのかも。
元気になったらなったで、人のアラが目についてしまう。全ては、白黒つけられなくて、グラデーションだって本当は分かっているはずなのに。
年内にまた1人産休に入る。早く新しい人員を確保してほしい。わたしは結婚する気も子供を持つ気もない。自分で手一杯だ。それでも、母がまだわたしを産んでいないと思うと、言い切ることもないのかなあとも思う。
植本一子さんの本を読んでいて、ふいにわたしも日記を書いていた日々があったことを思い出した。あんなに毎日、なにをびっしりノートに書いていたんだろう。気軽にできるtwitterはいいけど、知り合いが増えすぎたのと、(当たり前だが)短文しか書けないのと、レスにもスピードが求められる気がして、ここへ。

あの日は、確か朝礼で通告を受けた次の日。祝日で出勤していて、ばかみたいに晴れて気持ちのいい日で、それなのに天気がいいことが悲しくて、そしてそれを悲しいと思ってしまうことが、殊更にわたしを悲しくさせた。やりきれなくて、怒りの矛先をどこにも そして誰にも向けられなくて、泣くのは悔しいし、自分の感情を持て余していた。それでも仕事はしないといけないし、もうどうしようもなかった。誰かに話して、かわいそうにと言ってほしかった気もするし、何も言ってほしくなかった気もする。急にすべてのことに嫌気がさした気もしたし、逆境に立ち向かってすべてを勝ち取ってやろうとも思った。良くも悪くも開放的で、時に苦しくなるほどの自由があふれていた国から、せせこましくて神経質で右向け右の小箱の国の首都へ。もう丸4年も経っているのに、いつまでもあの日々が輝いてまぶしくて、苦しい。
夏から急激に悪化した体調に振り回されて、身内にも 他人にも優しくできない。
出口は、どこにあるのだろう。

むけた皮膚の下の肌がやわらかい 私はもう出る杭を打たない
きらきらと光るほこりを眺めてたいつまでだって見れる気がした

笑っててほしいいつでもいつまでもどんな遠くにいてもいいから
転職をやめてしばらくおつぼねで生きていこうと決めた土曜日
死んだまま放置していたガジュマルに生命力のかわいい緑
誰だって誰の代わりもなり得ない なにをしようかひとりで明日